北時計の思い出

北時計

富良野の喫茶店、北時計。
ドラマ『北の国から』や『優しい時間』に登場したことで知られ、多くの観光客が訪れる人気店。
その北時計が本日、長い歴史に幕を下ろしました。
コンノさん、スタッフのみなさん、本当にお疲れさまでした。

北時計は私にとっては通い慣れた憩いの場。第三のわが家といってもいい場所でした。
天井の高い大きなログハウスで、かつて丸太の家に住むことを夢見た私にはそれだけでたまらなく魅力的。
でも、このお店の最大の魅力は女主人のコンノさんにあったと言っても過言ではないでしょう。
普段は常連客と肩を並べてカウンター席に座り、紫煙をくゆらせるコンノさん。気さくで明るく楽しく、元女優さんだけあってとっても上品。
居心地のよい空間にある種の品格というか、しっかりと芯のある秩序が漂っていたのは、柔らかい物腰の中にも凛とした強さを感じさせるコンノさんがそこにいたからに他なりません。

終幕を迎えるきっかけは去年の秋のことでした。コンノさんが病魔に冒され緊急入院したのです。
その後無事退院したものの、すっかり気落ちした彼女は建物を手放すことに決めました。
相手方は富良野市。もともと北時計の敷地は市が管理する公園内にあったので、長年のお礼の気持ちもあったのでしょう、市へ寄付することにしたそうです。
実はその後ひどく後悔しているそうですが、第三者の私が口を挟むべきではありませんし、この件についてはこれ以上書くのはやめておきましょう。

北時計がなくなると知って、私はただ途方に暮れるばかりでしたが、全てのファンがそうだったわけではありません。少しでも長く北時計を存続させるべく、立ち上がった方々がいました。
実は今年の営業は彼らボランティアのみなさんによるもの。
土日にはコンノさんが姿を見せるとはいえ、彼女はもはやオーナーではなかったのです。
だから今年の北時計は去年までの北時計ではなく、私の思い出の北時計は去年の秋に終わってしまった、と書くべきかもしれません。
ボランティアのみなさんには深く感謝しています。最後に訪れる機会を与えてくださったのですから。

私があしげく通い、入り浸っていたのは北時計の長い歴史からするとほんのわずか、たった一年足らずのこと。筋金入りの常連さん方から見ればほんのひよっこでしょう。
最初に訪れたのは夏の盛りでしたが、そのときは夏季限定のテラス席に座ったのを憶えています。たくさんの観光客で混み合っていたので、ただ食事をして、レジ横にあった本を一冊購入してお店を後にしました。
二度目は秋の夕暮れでした。どういう風の吹きまわしか、私は少しためらった後、店の奥のカウンター席へ向かいました。いきなり常連客が居並ぶカウンター席に座るのはなかなか勇気がいる行為。普段の私にはできそうもありません。けれどもそのときは他に誰も客の姿はなく、思い切ってコの字に曲がったカウンターの角のあたりに座ることにしたんです。
日が暮れて静寂に包まれ、かすかに聞こえるのは穏やかなBGM。セピア色に輝く丸太に囲まれた美しい空間に私はすっかり魅せられてしまいました。
その日、コンノさんととりとめもなく話をしてながら閉店頃まで居座っていたような気がします。
私が座ったその席は、それから(他のお客さんが占領している日を除いて)私の定位置になりました。
ほとんど毎日通うようになり、しかもほとんど毎晩、9時の閉店までコンノさんや常連さん方とよもやま話に花を咲かせていました。
私が大好きだったのは秋や冬の静かな夜。私だけ、他に誰もいない貸切状態の晩が理想的。経営的にはちょっとどうかとは思いますが、それでもコンノさんは閉店まで私のおしゃべりにつきあってくださいました。

やがて、私は富良野を離れることになりました。
前の晩、コンノさんが目に涙を浮かべながらこんな話をしてくださったのが印象に残っています。
「毎年、秋が深まるともうやめよう、と弱気になっちゃう。でもあの晩、あなたが来てくれたからもうちょっと続けようと思い直すことができた」と。
実はあの頃、どうしても北時計を離れがたくて、コンノさんの弟子になりたいと冗談ぽく話してみたことがありました。あなたをここに縛りつけるのはもったいないから、とやんわり断られましたが、私は本気でした。
あのときもっと熱っぽくお願いしていたら、もしかしてもしかすると、北時計はまだこれからも続いていたかも・・・。
そんなふうに夢想してしまう秋の夜です。